【体験談】大手勤務の私に起きた女性差別とマタハラ

今まで書きたかったけど、なかなか書く勇気がなかった、女性差別とマタハラのことを書こうと思います。

私は大手グループ会社で正社員(総合職)で働いています。今は、産休に入っており、このまま育児休暇を取ります。

こんなことを言ったら世間の批判を浴びるかもしれませんが、育児休暇後に復帰するかどうかは悩んでいます。本当は一生続ける気持ちで入社しました。だからものすごく頑張ってきたんだけど。

今日は自分の身に起きたマタハラと女性差別について記事にしたいと思います。

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私のお仕事

私は親会社に出向し、IT系の技術職をしていました。

無遅刻、無欠勤、仕事で大きなミスをするわけでもなく、初歩的な電話対応で怒られたことも技術的な面で怒られたこともなく、パソコンや書類を紛失するわけもなく、査定はいつもABCDEの『B』か『C』でした。

同僚との関係は良好。そのうちの一人と結婚しましたが、公表することも一切なく、元々転職希望者だった旦那は私と結婚する前に転職しました。

男30人、女2人みたいな人数比率だし、出向の身だったけど、同僚とは『愚痴を言いまくる会』という飲み会を開いたり、休日はバーベキューをしたりと、コミュニケーションも良好、別に嫌われていたわけではないと思います。

また、お客さんからも上を通さずに直接電話がかかってきたり、相談のメールが来たりしていましたから、仕事的に信頼されていなかったわけではないと思うのです。

ビルのエレベーターで営業に出会ったら『また頼みたい案件があるんだよ』と声を掛けてもらって、そのままコーヒーコーナーで話し込んだり。

別に問題ある人間ではないと思うし、それなりに頑張っていたのです。

一生懸命だったと思います。

入籍日直前に突然の異動が決まった

そんな感じで働いていた私は、彼と結婚が決まり、上司や会社の総務に報告。

すると突然、直属の課長から異動するよう命じられました。しかも来月からです。

異動先は、今までの仕事内容とは全然違い、面白くなさそうな仕事で、定時に帰れると有名な部署でした。

課長に異動理由を聞いてみると、『結婚したら、田中さんは30歳だしすぐ子どもも欲しいでしょ?そうなると親会社に出向していたら大変だし、自社に帰ってラクな仕事したらいいんじゃない?』というお話でした。

要は、今の仕事は妊娠したら難しい仕事だから、妊娠する前に異動しなよってこと。そして私が子どもがいても一生働いていけるようにという、とても前向きなお話だったのです。

私自身、続けられる仕事ではないことをよく理解しており、このまま今の仕事をしながら妊娠したら、同僚に迷惑がかかるのは分かっているので、素直に『異動します』と応えました。

『私の将来まで考えて頂いて、ありがとうございます』というお礼まで上司に告げて。

そして、これまで頑張った大好きな仕事に対しての無念な気持ちを振り払い、少なからず作り上げた人脈に別れを告げ、ずっと一緒に働きたいと思えた先輩ともお別れしました。

異動した先が閉鎖に

1ヶ月後に新しい職場へ異動。

そして、異動した最初の週末に入籍しました。この週末はものすごく幸せで、人生で一番幸せな週末だったと言っていいと思うくらい嬉しくて嬉しくて仕方ないほどでした。

世界で一番好きな人と結婚できたんですからね。

月曜日になり、その幸せオーラ満開のまま電車に乗り、私は左手の薬指に指輪を付けて出社したわけです。

今まで味わったことのない、20歳から働いてきて人生で一番幸せな出勤日。

同僚に『結婚おめでとう』と言ってもらえる、人生で1回しかない日。

そんな日に・・・事件は起きたのです。

午前中から周囲がピリピリしていて、『何事かな?』と思っていたら、全員会議室に来るようにとのこと。会議室へ行くと、同僚たち全員無言で、お通夜のような雰囲気でした。

部長と課長が会議室に入ってきて、緊急会議が始まり・・・課長が放った言葉に私は耳を疑いました。

『この部署は半年後に閉鎖です、希望者は東京に転勤してください』

『は?え?は??なんのこと?私も?』

なんと、私も同様に大阪から東京に転勤しなければならないということでした。ものすごく冷たく淡々と告げられました。

この後、同僚に『田中さん聞かずに異動してきたの?』と言われ・・・。誰もが知っていたことだったようで、私だけ知らされておらず。

何も知らずに騙されて異動し、子どもを持ったあとのことまで考えてくれた課長と部長に感謝の言葉まで述べ、呑気に指輪を見てうっとりしていた私はマヌケなバカものだったのです。

女性差別とマタハラ

つまり何が起きたか整理すると、

結婚した女性は妊娠するし、不要になるから閉鎖が決まった部署へ異動させて退職させようとしたわけです。結婚した女性への退職勧奨ってやつね。

実は・・・女性の技術職で関西で結婚したのは、私がトップバッターだったんです。

つまりこの大手企業は、女は妊娠したら邪魔になるから、女性を追い払うような最低なブラック企業だったのです。

つまり女性差別、マタハラを私は受けたということになります。

世界に名の知れた『〇〇〇』が社名に入った、この会社はクソだったわけです。

そして、この上司たちは昭和の人間で親会社から天下りしてきたジジイで、昨今の女性が働くということについて何も理解していない人たちでした。

私は何度も何度も『もとに戻してほしい』とお願いしました。

でも聞き入れてもらえず『結婚したんでしょ?子ども欲しいんでしょ?子どもいたら働けないじゃない?』と何度も言われました。

それでも私は食い下がらず『もとに戻せないなら、せめて関西で働かせてほしい』と言いましたが、『ない』の一点張り。

あまりに私がしつこかったからか、怒り口調で『妊娠したいんやろ?もし新しい部署に異動して急に妊娠しましたなんて言われたらこっちは困るんだよ!』とも言われました。

そして一番許せなかった言葉が、『旦那の給料低いんでしょ?僕らの時代は男性が稼ぐことが当たり前だったんだよ』と言われたことです。

『旦那の給料は多いわ!ボケジジイ!』と言えばよかったんだけど、私はものすごくショックで、私のせいで旦那まで馬鹿にされたことが悔しくて。何も言い返せませんでした。

そして、私は地に落ちたような気持になり、何より頑張ってきた自分がそのような仕打ちを受けるとは思ってもおらず、自分が情けなく、そして悔しい思いでいっぱいになりました。

もちろんこれらの会話は全部録音済みです。旦那に言われて録音機も購入しました。

そしてこの話は、新婚早々なんです。

人生で一度しかない私の一番幸せな時間を。会社に奪われたのです。

これまで10年間真面目に働いてきた私はなんだったのでしょうか。

私は、高専という学校を出ているのですが、卒業した日に恩師に言われた言葉があります。

『君たちは一生懸命5年間勉強をがんばった、女性だからって尻込みしなくていい、高専を卒業したのだから、自分たちには技術があると自信を持って社会に出ていけ、男女関わらず評価されることは間違いないのだから』

そう言ってくれた先生の言葉を思い出し、その先生の顔が浮かんできて、私は泣いて泣いて泣きながら電車で毎日帰る日々が続きました。

高専の頃に戻りたい、みんなに会いたい、先生に会いたいよ!!!!なぜか毎日高専の頃の事を思い出すのです。自分の未来が明るかった時のことを。

そしてお父さんが生きている時のことを思い出すのです。仕事を頑張れと言ってくれていたお父さんのことを。

そして何をしていても涙が出るのです。

左手の薬指には指輪が光っているのに。どうしてこんなに私は悲しいのか。

この後、会社の新年会、忘年会や会社の行事に参加できなくなりました。毎年張り切って参加していた明るい私は一切顔を出すことができなくなり、前一緒に働いていた先輩にも何度も相談しようと思ったけど、迷惑になるような気がして出来ず。

会社の人全員に会うことが怖くなりました。

このマタハラ女性差別事件から1年後

このあとも、精神崩壊するほどいろいろあったのですが、ややこしいので詳しいことは書かないことにします。

半年間EAPになんども電話をしたり、労働局などに相談したりしながら仕事を元に戻すよう一人で上司と戦いました。均等法のこともかなり勉強しました。

結局上司2名は総務部長から東京本社に呼ばれて、相当怒られたようで、総務部長から直々に謝罪がありました。『うちの会社は女性差別をするような会社ではない』とのこと。でも『会社側は閉鎖になることは知らなかった』とも言われました。

なんだそれw はは。みんな知ってたやん。

そして、私は図太く生きることを決め、退職勧奨を受けても辞めずに、そのまま妊婦になり産休と育休を取得させてもらえることになりました。

しっかり手当金と給付金ももらうことができます。

でも、私にとってはものすごく悲惨な半年でした。

今日の記事は、老害に、必死で取り組んできた仕事を結婚したからと言う理由だけで奪われ、女性であるが故に差別を受け、人生で一番幸せな時期を奪われたという話でした。

でも、今こうやって書けるくらいふっきれたのも、旦那が支えてくれて、親友に辞めなくていい知恵と法律を教えてもらい、会社を辞めないと決めた私を母が応援してくれたお陰です。

味方はいっぱいいるのだから。

そして、新しい命が誕生するのを目前に・・・もうこのことは忘れようと思います。

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